なぜ「こよみ」と言うのか?

 古くは「歴」と「暦」の字には意味の上で何ら区別がなかったとされています。そもそも、どちらも「厤」と表されていた漢字ですが、経緯から言うと「歴」の方が先に作られています。これは「規則正しい時間経過、歩(あゆ)み(=“止”)」の意味が採用され、「歴」になったという説があります。一方、太陽の運行が次第に意識され始め、規則正しい時間は太陽のリズムに依拠すべきという考えで、後に“日”の字を伴った「暦」ができたと言います。「暦」の下部分に「日」の字が使われているのは、それが理由とされます。

 暦は「こよみ」と訓読みしますが、なぜ「こよみ」と読むのでしょうか?これは江戸時代に、本居宣長が《真暦考》で「又日を数(かぞ)へていくかといふも幾(いく)来経(け)。暦をこよみとつけたるも来経(け)数(よみ)にて一日(ひとひ)一日(ひとひ)とつぎつぎに来経るを数へてゆく由(よし)の名なり」と解説しています。「こよみ」は「来経数(けよみ)」から転じたというのです。一方、字の音だけを取る解釈もあります。日は「か」と読み、数えることは「数(よ)む」と表現しました。ここから日を数えることを「かよみ」、訛って「こよみ」になったとする説です。また、ある学者は古語で「こ」は「詳細」の意味、「よみ」は「数を数える」意味から、「歳月日時を細かく数え記したもの」と言います。ただ拙者としては「日読(かよ)み」の方に賛同します。私自身が暦を「日数(ひよ)み」の意で用いている認識があるからです。

 ところで、興味深いことですが、私たちは日頃、過去の事象に遡って日を数えることは、ほぼありません。他方、未来に予定されている日を数えることは日常茶飯です。実は、これこそ暦を「こよみ」と称する所以と考えます。暦は未来の日を数えるツールであり、未来の事象について考えるための補助ツールです。これが「こよみ」の意味と役割そのものです。では過去の事象はというと、事象を「史実」として記録するために共通概念「年月日時」が用いられてきました。つまり、人は過去に遡って日を数えるのではなく、過去時間を、事実を記述するツールとして利用してきたのです。それは「歴」の字に「歩みを止める」働きがあり、記録することと同義であることからもわかります。このように漢字の「暦」と「歴」では「レキ」と音は同じでも、その意味と役割は大きく異なっているのです。

 さらに、拙者は暦が将来起きる事象を考えるためのツールであるだけでなく、未来を現実のものへ発現させるタイマーの機能を持っているとも考えています。つまり、これは人為的な事象に留まらず、万事万象全てが未来のスケジュールに則って年月日時を数え、その事象を生起するタイミングを計っていると考えるのです。そして、これは偶発的事象までも時を選んで時限的に起きていることを意味します。その意味で偶然はあり得ません。時空間が、因果の規律の中にある限り全てのことが必然です。だからこそ暦の中に時空間の規律を探る意味が出て来るのです。


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